3月17日(火) 行くんです

明日からスーデラ入りなので、

東京芸術劇場の地下リハーサル室での稽古も、

今日でラスト。

昨夜、発生した映像大問題は、まあ、なんとかスーデラ入ってから、

いろいろ対処できるんじゃないかということになった。

夕方からは、荷物の積み込み。

多い。小道具が多すぎる。

小道具ショーの名に偽りなし!

と思っていたが、整理したら、あら意外とコンパクト。

いらないものが多すぎた。

カレクックの人形なんか、一回も稽古で使ってない。

これまでの本番で使ったこともない。

でも、もしかしたら、使うかも?という精神で、

今日までおいてきてしまったもので、

とりあえず、やっぱり、念のため、トラックに積み込む。

 

そのあと、アンザイと千本ノック。

嗚呼、「奉仕する人間」をお見せることができるかもしれない。

見せてどうするんだ、とお思いの方もいるかもしれないが。

そのなんていうの、歯車のひとつ、ネジのひとつとしての人間性というか、

なんというか、そういう世界構造の中におかれた人間の身体性というか、

ねえ。

身体性でおもいだしたが、今日まで、脳と体のことしか、考えてこなかったが、

ふと、心についても、考えてしまった。

ネジ、しながら。

ネジの心。

正直、今、折れそうになりそうな、感じもあるのだが、

ここが、ふんばりどころ。と思うようにしむけないと

倒れちゃうのです。

そういうのを、ささえてるはずであろう、「その」ことを、ふと感じだたのです。

「それ」で。

「それ」は、ニンゲンの、アタマでもカラダでも、ない、

なんなんでしょう?

 

と思いながら、帰りのバスにゆられて、

また思ったのは、

スタジオボイスでしゃべった、ゴミ処理の再分配の話。

(*ロングインタビュー参照)

僕は1回のゴミ捨てで、いろいろな箇所に、捨てにいくのだけど、

(それは機能的と思い、)

ただ、端からみると、それはとてもイビツなのかもしれない、と。

今回の公演でも、

俺、頭から終わりまで、一人であわてふためいている。

本人には、正常な、道があって、その道は通らねばならない。

ゆがんだ道ではあるけど、そこしか機能してる道はないから、

そこを通らずには、先には行けない。

ゆがんでいるけど、しょうがないんだあ、この道しかないんだあ、と信じて。

「でも、やるんだよ!」と。

 

そんな人のソロ・ライブ、明後日からです!!!

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