6月に東京公演を迎えるニブロール『THIS IS WEATHER NEWS』。昨年10月「あいちトリエンナーレ2010」における世界初演のレビューを抜粋、掲載いたします。
「行為の堆積、存在のゆらぎ」 松井みどり
チェルフィッチュとニブロールの上演の方法は、従来の演劇やダンスの定石から逸脱している。そこでは、キャラクターや筋に従って言葉や行為が展開し、美的理想に沿って身体表現が制御されるのではない。むしろ、日常の言葉や動作の積み重ねを通して人物たちの内面が提示され、変化の様態を生み出す器としての身体が意識される思考と行為のプロセスとして、パフォーマンスが構築される。(中略)
ニブロールのダンスでも、足を踏み出す、手を挙げるといった目的のない身振りの繰り返しから音や形が立ち上がり、身体の直接性が感じられる。同時に、抱きつく、突き飛ばすという子どもの遊戯やけんかを思わせる動作や、細かなものの集積と分散を交互に映す映像や、性差を曖昧化する衣装などが、自らの感情も制御できない若者たちの苦悩と、自分たちとは無関係に拡張と崩壊を繰り替えず世界への焦燥を想起させる。
「あいちトリエンナーレ2010」のニブロールとチェルフッチュの新作は、こうした一見ミニマルなプレゼンテーションから観客の知覚的、身体的なプロセスへの共感を引き出し、人間感情や社会的テーマの考察へと導く彼らの方法の確立とともに、上演形態の多様な変奏を可能にする演出力の成熟を実感させた。(後略)
(美術手帳2011年1月号に掲載)
あいちトリエンナーレは元来、美術のみならずパフォーミングアーツ(身体表現芸術)をも含めた総合芸術祭を想定して企画された。(中略)このほどニブロールが上演した「THIS IS WEATHER NEWS」もその点で注目すべき舞台企画の一つだった。(中略)わたしたちは未来を予測する方法を編み出し、それに従って行動することが多い。だが、天気予報にさえ時折裏切られ苛立ちつつ時を過ごすことがある。この舞台上では日常的なそうした齟齬によって繰り返される人と人、人と物との心理的あるいは物理的な摩擦と疎外感が描き出される。(中略)
不安と恐怖の末に抱き合った男女が、その瞬間に行動の不条理さに驚いて突っぱね合う姿は、かなしくもつい笑いたくなる。それは現代社会に広がる絶望と虚無の中でふと見上げた空にだけ残る青さに似る。かつてサミュエル・ベケットが追求し、またサイードがパレスチナの空に見た色なのかもしれない—そんなことを思い返す舞台だった。
演劇評論家 馬場駿吉(日本経済新聞2010年10月28日)