オンライン・アジアツアーの企画・制作

Q/市原佐都子『妖精の問題』オンライン・アジアツアー

  • CATEGORY
  • イベント形態|オンライン配信, トーク・シンポジウム, パフォーマンス
  • precogの業務|イベント制作, 国際事業
  • 表現分野|映像, 演劇
  • 開催年|2021

プロジェクト概要

劇作家/演出家・市原佐都子により、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件をきっかけに書かれたQ『妖精の問題』は、現代日本社会において差別や嫌悪の対象となり、ときに見えないことにされているものごとに「妖精」の名を与え可視化した作品です。2018年にはKYOTO EXPERIMENTの公式プログラムとして上演され、注目をあつめる本作のオンライン・アジアツアーをドリフターズ・インターナショナルが企画しました。

precogは2020年にアジア6都市の海外ツアーコーディネートを担当する予定でしたが、新型コロナウィルスの影響により休止となりました。2021年、中国(上海)・インドネシア(ジョグジャカルタ)のパートナー達と丁寧なコミュニケーションを行い、コロナ禍での開催方法を模索。オンライン上での作品配信を通して、現地のプロデューサーや批評家、研究者、鑑賞者同士が交流するトークセッションを行うオンラインツアーとしてコーディネート・マネジメントしました。

◼︎precogの業務
イベント・公演制作/国際交流
・現地プロデューサー(ジョグジャカルタ、上海)との折衝
・オンライン版上演に関する準備、調整
◼︎プロジェクト期間
2019年7月〜2021年6月
◼︎プロジェクト体制
主催:一般社団法人ドリフターズインターナショナル
助成:アーツカウンシル東京
共催:国際交流基金北京文化センター(中国・翻訳字幕)
◼︎関連リンク
公式サイト(日本語、英語):http://drifters-intl.org/event/category/others/1366
現地特設サイト(中国語):https://mp.weixin.qq.com/s/6K8wmVrbiU9_6vPH6L6lSw
国際交流基金 オンライン配信プロジェクト「STAGE BEYOND BORDERS –Selection of Japanese Performances 」舞台版『妖精の問題』(字幕なし、6カ国語字幕):https://youtu.be/svjSi3xsa80■アーカイブ記事
異なるまなざしで作品を見る——Q/市原佐都子『妖精の問題』オンラインツアー トークセッション|THEATRE for ALL

作品概要

私は見えないものです。
見えないことにされてしまうということは、見えないことと同じなのです。

見えないものは存在しないものではない。2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件をきっかけに書かれたQ『妖精の問題』は、現代日本社会において差別や嫌悪の対象となり、ときに見えないことにされているものごとに「妖精」の名を与え可視化する。2018年にはKYOTO EXPERIMENTの公式プログラムとしても上演された本作は、顔の美醜、あるいは優生思想や出生前診断といった極めて「人間的」な問題を、突然変異のゴキブリや共生菌といった非人間的視点を経由することで相対化し、人間の生と性を過激に問い直していく。落語形式の第一部「ブス」、歌謡ショー形式の第二部「ゴキブリ」、怪しげなセミナー形式の第三部「マングルト」と異なる3つの形式を(ほぼ)一人で演じ切る竹中香子の怪演は、観客にときに生理的嫌悪感さえ与えながら目の前の「問題」から目を背けることを許さない。
オンライン版では新たに数名のキャストを加えるとともに、第一部をオンライン通話に、第二部をミュージカル風の映像作品に、第三部をウェブセミナーに変換。観客は劇場版とはまた異なる形で画面越しの上演に巻き込まれることになる。

プロセス

■社会状況に合わせ、海外公演からオンライン公演への方針転換

2018年7月に「Jejak-旅 Tabi Exchange: Wandering Asian Contemporary Performance 2018」ジョグジャカルタ公演で市原佐都子氏が行った『妖精の問題』の作品プレゼンテーションが好評を博し、インドネシアで国内外の先鋭的な作家の戯曲を紹介するフェスティバル「Indonesia Dramatic Reading Festival 2018」に参加。アジアでの作家活動も展開してきた市原氏の作品上演を希望する機運が各都市で高まり、それを受けてアジアツアーの計画がスタートしました。

precogがアジアでの国際展開で培ったネットワークを活かし、インドネシア、マレーシア、タイ、中国と、アジア各地を回るツアーを2021年2月に企画していましたが、新型コロナウィルス流行の影響で渡航が困難に。オンラインツアーの形式で2021年5月にスケジュールを変更して実施する運びとなりました。

■地域性を孕んだオンライン作品展開

過去に行った舞台版映像の配信とそれを鑑賞してのトークセッションの内容で進めていた企画でしたが、各国の状況や要望を受けて、それぞれに合わせてカスタマイズさせた内容になりました。

中国の場合:トークセッションパートを付加
『妖精の問題』には舞台上演とオンライン上演の2つのバージョンがあります。当初はオンライン上演バージョンを配信する内容を企画していました。しかし、中国では既にコロナ禍以前のような舞台公演が再開されており、わざわざオンラインで演劇を見ないのではとの意見もあり、舞台上演バージョンを配信、それを鑑賞してトークセッションを行う構成に変更しました。

インドネシアの場合:現地キャストによる上演に
インドネシアでは2018年に朗読劇の形で上演を行なった実績があったため、現地プロデューサーからローカル色を盛り込みたいという要望が。そこで、メインキャストもインドネシアの俳優がつとめることに。

また、新たな試みとして、中国・インドネシア・日本からの登壇者を迎え、これまでの舞台芸術シーンでは交流がほとんどなかった各公演地を繋ぐ討論を行いました。舞台版もオンライン版も同じテキストを元にしているのに印象が全く違う、その面白さはしっかりと感じてもらえたようです。

◼︎コロナ禍&国を超えたプロジェクトならではの問題とその解決

ニュアンスを伝える翻訳や演出の工夫
作品に登場する「マングルト」という言葉は女性器の俗称にヨーグルトを組み合わせた、ある意味日本語特有の造語です。インドネシア語に翻訳する際に、インドネシアのスラングで女性器を表す「メメ」とヨーグルトを合わせて「メメグルト」としました。このように、翻訳家の横須賀さんに戯曲上の表現の本来のニュアンスや文脈が伝わるような工夫をしていただきました。

また、日本では一般化しているZoomセミナー。脚本の中に登場する日本で一般的な固有名詞は、通訳の方から類似するものを例に挙げて現地キャスト・スタッフに解説してもらうとともに、市原氏と一緒に検討し、現地で親しまれている言葉に置き換えて一部改編しました。

対面での稽古ができなかった今回の企画ですが、オンライン上でのリハーサルを重ねることで、作者である市原氏の意向を尊重しつつ、現地の理解度も上げた作品に仕上げることができました。

オンラインという環境でのリスクヘッジ
リハーサルの過程で雨の影響による通信の悪化を経験。特にインドネシアでは一般的にネット環境が安定していません。zoom上でリハーサルをしている最中にも、突然の大雨により通信が途切れてしまうことが何度かありました。通訳や、文化の違いを理解するための時間が必要となる状況下では、このタイムロスは痛手であると同時に、本番中にも同じことが起こる可能性があります。
その経験を踏まえて、本番で同様の現象が発生した場合のリスクヘッジを検討。ゲネプロを録画しておき、万が一通信が途絶えたりした際にはその動画を流す準備につなげました。

成果

◼︎各国の価値観の差異と共通性を見出す

『妖精の問題』は、性的な題材や表現を用いた、ある種センセーショナルな作品です。各国のジェンダーや美醜、障害などの問題に対する捉え方や常識の違いと、そこから生まれる違和感や反発が、新たな視点や価値観の造成につながることも期待されました。

例えば中国では、障害者や老人を軽視する風潮や、養護施設の価値観は日本とよく似ています。そのため、作品を見て考えさせられたという意見が多く見受けられました。

女性の社会的地位が低いという問題に関しては国を超えた共通性がありながら、状況には差異が存在します。例えばインドネシアでは、女性を主題とした作品を発表すること自体が未だ少ない状況です。こういった作品に触れることで、女性に対する認識や社会的地位の変化を促すことにつながればと期待します。

また、インドネシアの仮面劇では醜い仮面をつける役柄が人気を得ているそう。日本と比べて、インドネシアは美醜に左右されにくい文化であるとも言えます。トークセッションでは、インドネシアと日本の「ブス」や「美人」の捉え方の違いなど、美醜に対する考え方の違いも浮き彫りになりました。

同じ作品を前にしながら話題になる箇所が異なる、アジアという文化圏や人間としての共通性と差異。作品の視聴だけでなく、トークセッションという交流の機会を設けたからこそ見えてきたことでした。

◼︎各国舞台界との交流

フェスティバル等の場を除けば、複数の国の人々が同じ作品を見て、意見交換をすることはかなり珍しいこと。このツアーは、中国、インドネシアの舞台芸術界との貴重な交流の機会になったとも言えるでしょう。

現地と日本のプロデューサーが、ともにひとつのツアーをつくる。特に、インドネシアと中国の演劇界の交流は前例がほとんどなく、画期的なことだという評価も受けました。インドネシア、中国でたくさんの方に視聴していただけたのも、各国のプロデューサーの尽力のおかげです。

ギャラリー

メディア掲載情報

プレスリリース

関連プロジェクト

クレジット

作・演出:市原佐都子

■中国語字幕配信
出演:竹中香子、兵藤真世、山村崇子(青年団)
演奏:杉本亮
音楽:額田大志(東京塩麴/ヌトミック)
舞台美術:中村友美
ドラマトゥルク:横堀応彦
舞台監督:岩谷ちなつ
照明:川島玲子
音響:椎名晃嗣
映像:松澤延拓、堀田創
制作:増田祥基
映像編集:桜木美幸
配信映像:KYOTO EXPERIMENT 2018公式プログラム招聘公演より(主催:KYOTO EXPERIMENT)

プロデューサー:张渊
共催: 国際交流基金北京日本文化センター
中国語字幕翻訳:伯劳、良芥(査読)
中国語資料翻訳:革革巫
広報:仮芸術節(Fake Festival)
トークセッション通訳:林舒
特別協力:林翠西、祝天怡、劉格非

■インドネシア版配信
出演:Uul Sjareefah Lail, Aik Vela
映像出演:遠さなえ、竹中香子、寺田華佳、西田夏奈子、日髙啓介(FUKAIPRODUCE羽衣)、山村崇子(青年団)、山根瑶梨
音楽:額田大志(ヌトミック/東京塩麴)
録音演奏:杉本亮

プロデューサー:Muhammad Abe
インドネシア語翻訳:Tomomi Yokosuka
映像:Yustiansyah Lesmana & crew
制作アシスタント:BM Anggana
デザイナー:Makhrus Amri
広報:Amelia Rizqi Fitriani

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テクニカルディレクター:須藤崇規

カンパニー制作:山里真紀子(Q)

プロデューサー:黄木多美子(precog)
プロダクションマネージャー:馬場結菜(precog)
制作アシスタント:遠藤七海(precog)

制作:一般社団法人Q
主催:一般社団法人ドリフターズインターナショナル
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京

企画制作:株式会社precog
代表取締役/エグゼクティブプロデューサー 中村茜
執行役員/広報・ブランディングディレクター 金森香
シニアプロデューサー 平岡久美
チーフプロデューサー 兵藤茉衣
チーフアドミニストレーター 森田結香